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　「わが1972年グラフィティ（１）」

（１）わがキング・タイガース―メンバー篇

　ふとした偶然から伊藤智義氏の活躍ぶりのことを知り、三鷹市立第四小学校4年4組のことを懐かしく思い出し、当時クラスメートたちとつくっていた野球チームのメンバーに書いてもらった寄せ書きを取り出してみた。伊藤氏を含めて7人のチームメートが書いてくれている。彼ら（伊藤氏以外の6人）の思い出を少しばかり書いてみようと思う。なお本人たちの許可なく実名を出すのは差し控えたいと思うので、半イニシャルというスタイルで紹介する。

　①Ｔ沢（キャッチャー）
　三鷹市というところはそれなりに野球熱の強いところで、この地域には荒木大輔（ヤクルト）を輩出した名門リトル・リーグ「調布リーグ」がある。そうした土地柄も影響していると思われるのだが、4年生になってまもなく、まず、4年1組がクラスで野球チームを結成した。その情報にいち早く反応したのがＴ沢で、その話を聞くやいなやすぐさま4組の教室に駆け込んでくると、「おれたちも野球チームをつくろう」と興奮した面持ちでわたしたちに熱く訴え始めた。彼なくしては「キング・タイガース」は存在し得なかったであろう。Ｔ沢はそのようなイベントが自分の人生に到来することを、人一倍強く願っていたようだ。Ｔ沢の熱病にわたしたちも感染してしまい、それに深く犯され、4組も野球チームを結成するはこびとなった。

　さてそうなると次に問題となるのがチーム名である。法律でそうと決められているわけではないにもかかわらず、英語名でなければならないという先入観にわたしたちは囚われていたのだが、小学生のことだからたいして英単語を知っているわけでもなく、ろくなチーム名候補は上がらなかったと思う。大胆に和名を採用し、「白駱駝団」や「練馬変態倶楽部」あるいは「パロマガス提供の家族そろって歌合戦で瀬戸わんやに引き連れられたリスさんチーム（高木東六も大絶賛）」でもよかったわけだ。結局のところ「キング・タイガース」に落ち着いたのだが、これもまたＴ沢にうまく誘導された結果だったように記憶している（Ｔ沢は阪神タイガースのファンであったようなフシがある）。

　諸手を挙げて大賛成というわけでもなかったが、私もこのチーム名に同意した。次に問題となったのは、野球帽の正面部につけるお揃いのロゴマークである。私はシンプルに「Ｋ」でいいのではないかと思っていたが、ここでもまたＴ沢がめったやたらと張り切り始める。Ｔ沢いわく。「ただたんにＫだけでは面白くない。野球ボールを背景にしてその上にＫの文字を乗っけてみてはどうか」と言うのだ。Ｔ沢は皆を教室の黒板の前に集めて、チョークでイラストを描きながら説明し始める。それにつられて他のメンバーも自分のアイデアを黒板に描き始める。クラスの一部の女子たちが「うちのクラスの男子が黒板の前で真面目な顔で取り組んでいる」と驚いた様子で眺めている。周囲の反応などお構いなしに、わたしたちはチョーク片手に、わがチームのシンボルマークを模索し続けた。けれどもいっこうに結論が出ない。とうとうＴ沢が「各自いえに持ち帰ってアイデアを練り直そう。そして明日学校でみんなのアイデアを出し合って、再度話し合おう」と言い出し、各自が宿題を持ち帰ったのだった。

　私も自宅で鉛筆片手に家にあった便箋用紙を前にして、あれこれ考え、いくつかあまりぱっとしないマークを書いてみた。夕食後も便箋用紙を取り出し作業を再開すると、その様子を見ていた両親が興味を持ち始めた。私が事情を説明すると、私から鉛筆と用紙を取り上げ、私以上の熱心さで、それっぽい案を出し始めた。「さすがは大人の知恵は違う」と私は感心した。やがて眠気を感じたので私は床に入ったのだが、私の就寝後もわが親たちは作業を続けていたようだ。翌日大半以上の案を親が作った便箋用紙をかばんに入れると、私は学校に向かった。

　教室で再び会合が開かれると、私の提示した用紙のひとつのマークにメンバーたちの注目が集まった。それは「キング・タイガース」の「Ｋ」と「Ｔ」の文字をイタリック体にして組み合わせたもので、私の親が考えたものだった。「これは天才的なデザインだ」「これなら阪神タイガースのマークにも対抗できる」とメンバー全員の支持を集めてしまった。「それはうちの親が考えたものなんだけどさ」と私が言うと「さすがは○○（私の名）の親は一味違う」と妙な持ち上げられ方をされる。

　けっきょくこのマークが採択され、Ｔ沢は馴染みのスポーツ店に私の便箋用紙を持っていき、わたしたちのシンボルマークを人数分注文し、料金をまけてもらうことも忘れなかった。出来上がったマークがイタリック体がブロック体になっており、当初のイメージとは違っていたのは、まあご愛嬌。Ｔ沢こそがキング・タイガースの創設者といってよく、彼はチームのムードメーカーの1人であった。

　②Ｕ野（ピッチャー）
　クラスいちのやんちゃ者であり、チームのもう1人のムードメーカーである。そうしたキャラクターに相応しく目立ちたがり屋の性格で、ピッチャーというポジションにおさまったのも、彼の自己申告による。まあ実を言うと、各自がやりたいポジションを選んだわけで、私がショートという中途半端な守備位置だったのはなんとも象徴的。

　もの凄く絵の上手な子で、クラスにもう1人いた絵の上手な女の子と張り合っていた。将来は漫画家になりたいといっていたが、夢はかなったただろうか。寄せ書きの色紙の裏側に、矢吹丈とワタリの上手なイラストを描いてくれている。

　③Ｙ本（セカンド）
　Ｙ本は小学校１年の時からずっとクラスが同じだった唯一のメンバーである。彼の家にはよく遊びに行った。3歳ぐらい年上の兄がいて、その兄のグループとわたしたちのグループでつるんで遊ぶこともあった。

　兄グループが、「たけのこ公園」の木数本にロープを上下2本平行になるよう休日1日がかりで張り巡らしたことがあった。そのロープに手と足をかけ、空中を移動しまわるのである。高さ3メートルくらいはあったと思う。今思えば、ずいぶんと危ない遊びをしていたと思う。その空中の遊び場はわたしたちのグループが奪い取るようなかたちとなった。

　ところで「たけのこ公園」では、わたしのクラスメートが園内のポンプ小屋のトタンの屋根に飛び降りて、屋根を突き破ってしまい、死亡するという事故もあった。

　Ｙ本の父は実直な会計士で、創価学会の会員であったらしく、家の本棚に『人間革命』がずらりと並んでいた。Ｙ本とは大学生の頃までは年賀状のやり取りがあって、そのころ貰った賀状には「創価学会の地元の青年部のリーダーを務めている」と書かれてあった。ちょっと意外な気もした。ただ小学校の頃を振り返ると、3年生の時に1度だけＹ本に好きな娘がいるという話があって、それはＦ田さんというクラスで1番勉強の出来る子で、ルックスは増田明美をレベルダウンさせたような子であった。「天は二物を与えず」の典型で「才色兼備」からは程遠かった（性格はいい子でしたけどね）。当時は手の込んだ冗談だと思っていたが、Ｙ本にはそういう傾向があったのかもしれない。

　④Ｆ田（ライト）
　Ｆ田とは幼稚園が一緒だったのだが、まったく記憶になかった。母親同士は馴染みがあったようだが。4年生にあがって初めていっしょのクラスになった。4年4組の教室で最初に席が隣同士になったのがこの男で、私に仮面ライダー・カードの存在を知らしめたのが彼である。「模倣熱というウィルス」という原稿に登場するライダーカード・コレクターは彼のことである。席が隣同士の時は、仮面ライダーのイラストを競い合うように、自分たちの机に描き、わたしたちは担任の先生からよく叱られていた。

　彼の家が、私の家と玉川上水に面して並行する1本向こう側の道にあって近いこともあって、よく遊びに行った。かなり大きな庭に紫陽花の木が数本植えられていて、梅雨の頃にはとてもきれいな花を咲かせていた。花の美しさを実感するという趣味があまりない私だが、その紫陽花の花にはしみじみと見惚れていた。紫陽花というと、Ｆ田の家の庭のことを思い出す。

　Ｆ田の家の庭にはいわゆる「離れの部屋」があって、彼のお祖母さんが1人で暮らしていた。「離れ」というものをそこではじめて知った。当時は意識したことはなかったが、Ｆ田はけっこう「ぼんぼん」であったのだ。後に（その頃には別々の土地で暮らしていたが）母親から、Ｆ田が私立の御三家のひとつである武蔵中に合格したという話を聞いた。「武蔵」という顔ではなかったのだけれどねえ。いまどきのバラエティー番組ならかっこうの餌食にされるような容貌ではあった。人間は「化ける」ものなのです。

　⑤Ｈ原（センター）
　Ｈ原は「自分にはスポーツの才能がないのだから、勉強面で人生を勝負する」という判断を早い段階でしたようなところがあり、かつそのことを恥じてもいなかった。

　夏休みの或る昼下がり、トモこと伊藤智義氏と2人でひょっこり私の家に遊びに来たことがある。カルピスかなんかを飲みながら、Ｈ原は私の母親に「僕と兄貴は、遊びでなんですけれど、百科事典の項目を最初からどこまで暗記できるか、賭けで競争しているんです。僕は15ページで挫折しました。わはははは」と得意がって話していた。「そういうのは遊びとはいわんだろう」と私は呆気にとられながら聞いていた。

　Ｈ原は色紙の寄せ書きにトモと同様、自らを「天才」と称して書いている。そんなことを書いているのは彼ら２人だけであった。トモとＨ原の組み合わせは不思議な感じがしたのだが、私の知らないところで「伊藤君。クラスのほかの連中はどうもレベルが低くて困りますなあ。わはははは」というような会話をしていたのかもしれない。

　⑥Ｓ・知洋（ファースト）
　4年4組で唯一人先天的に知性を授けられているという印象がＳにはあった。典型的な「公家顔」なのである。大人になったら歌舞伎役者の坂東三津五郎のような顔になりそうな風貌であった。Ｓとは4年になってはじめて一緒のクラスになったのだが、最初のうちは妙に理屈っぽくてあまり好きになれなかった。

　彼と仲良くなったのは「江戸川乱歩」がきっかけである。江戸川乱歩との出会いは、私の生涯の大事件のひとつである。どういういきさつでそうなったのかはよく覚えていないが、私はＳから「この本は面白い」と1冊の本を借り受けた。それはポプラ社から出ていた少年探偵シリーズ第37巻『暗黒星』だった。

　その日のことは忘れられない。「探偵小説」というものを私はその時初めて読んだのだった。学校から帰宅して、「50ページ程度読んでおこうか」と読み始めたのだが、最初の5，6ページ過ぎたあたりでもうやめられなくなってしまった。乱歩自身が「拙作」と呼んでいるようにいろいろと瑕の目立つ作品なのだが、「探偵小説」初体験の子供は、乱歩の仕組んだ他愛もない「引っかけ」にそれはもう引っかかるわ引っかかるわ、「こいつ以外に犯人は考えられようがない」といいように操られ続けたのである。手練のすけこましにつぼを押さえ込まれてしまったうら若き乙女のように、私は術中にはまってしまい、その騙されるプロセスがなんとも快感だったのである（なんというはしたない喩えであろうか）。

　その日はどういうわけか両親と妹が不在で、私は祖母に店屋物で夕飯としてとってもらった蕎麦屋のチャーハンを食べる時間以外は、『暗黒星』に没頭した。夜の8時ぐらいにその作品を読み終えた時、私は言いようのない感動に打ち震えていた。「明智小五郎はなんと天才的な推理力をしているんだろう。世の中にはこんなにも凄い世界が存在していたんだ」と興奮しまくり、併録されていた短編（「二銭銅貨」か「心理試験」だったと思う）もいっきょに読んでしまった（この原稿を書くにあたって大人版の『暗黒星』（光文社文庫『地獄の道化師』所収）を読んでみたが、読者をサスペンスの渦に巻き込む手腕はさすがである）。

　翌日学校へ行くと私はＳのもとへと直行し、「Ｓ君。おれは、いま、モーレツに感動している」と当時の人気作品『巨人の星』の登場人物のように、宣言したのである。背景がオレンジ色に染め上げられ、あの仰々しいBGMが流れるような高揚感の中、私はＳの両手を握り締めそうな勢いで江戸川乱歩への愛を語ったのである。あの時は「父ちゃん。おれは江戸川乱歩の素晴らしさを理解できるようになったよ」と恥らうことなく言えそうだった。

　こうして私は乱歩によって「活字」の世界への通路を開かれた。活字好きになった原点はここにある。その後私はポプラ社のシリーズを買い続けた（1冊350円だったと思う）。本屋に行っては、1番後ろのページを見て1番ページ数の多いものを選ぶという買い方だった。当時ＮＨＫが「明智探偵事務所」というドラマを放映していて、ポプラ社のシリーズにも主演の夏木陽介の顔写真が印刷されたオレンジ色の腰巻が巻かれていた。

　ところでこのＮＨＫのドラマであるが、タイトルバックからしてサイケデリック調で、妙な前衛っぽさが空回りしていて、評判はめちゃくちゃに悪かった。私も見る度に失望させられた。「怪人二十面相の母」というのまで登場し、その役を演じていたのは塩沢ときだったと思う。

　私の江戸川乱歩熱は亢進し続け、ついには「乱歩のようになりたい」と願うように至るまでなった。夏休みのある日、私は文房具屋へ行くと50枚ほどの原稿用紙を買い求め、「探偵小説」を書くことを試みた。

　それまで読んでいた乱歩作品を検討した結果、開巻から30ページ前後のあたりで最初の殺人事件が起こるのはわかっていた。まずはそこまでで作品の雰囲気を作らなければならない。けれども「探偵小説」の一番の醍醐味は、ラストの居間における探偵による名推理の披露の場面である。「真犯人はこの部屋の中にいるのです」「ええっ！本当ですか、明智さん。犯人はいったい誰なんです」私もこの場面が、早く書きたくて書きたくてしょうがなかった。だから、私の探偵小説は、原稿用紙にして25枚ぐらいで、あっというまに事件が解決してしまった。サスペンスの「サ」の字もなかったのである。「自分はとても乱歩にはなれない」というなんともあっけない挫折であった。

　その頃私が活字方面で盛り上がるのは、主にＳを相手とする時であった。授業そっちのけでＳとは暗号文作成に励んでいたし（その時も教室の机の上にちゃちな「暗号」を書きつけていたのである）、彼とは自転車で連れ立って、三鷹市内の図書館の探索めぐりをしたりしていた。

　今回の原稿はここでおしまい。「わが1972年グラフィティ（２）」へと続く（次回は「キング・タイガース試合篇」）

（２００６・６・２３）

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