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　「『西城秀樹のおかげです』および1978年前後の音楽シーン」

（１）『西城秀樹のおかげです』

　「怪作」との誉れ高い『西城秀樹のおかげです』（森奈津子）を、ようやく読むことができた。「日本ＳＦ大賞」にもノミネートされたことがあり、ＳＦファンの間で話題に上ることの多い作品である。私自身はコアなＳＦファンではないのだが、この本のタイトルから立ちのぼるそこはかとない「エグさ」に、川越の横丁の絶品ラーメン屋に対する愛着のような読書欲をそそられ続けていたのである。
会える。会えない。会える。会えない」という冒頭の1行に、希少価値である「ダサポップ」への期待感が高まる（といっても「オーラ消滅以降の時代」においてはこの「ダサポップ」は時代の王道なのかもしれない。誰もが凡庸であり、コピーであるしかない時代においていかがわしい輝きを放つには、キッチュ路線に向かうしかないのだから。それでも真性の黄金を求めてしまうのは人の性で、そうした欲望がスポーツの世界でいささか大仰に燃え上がったりする。それにしてもスポーツ・ジャーナリズムでしばしば用いられる「スポーツの神々が降臨する」といったレトリックはなんとかならんかねえ。スポーツ本来の輝きがアニメチックな感性によって裏切られているような気がするのだが。私だったら「神」という言葉を用いずに表象することを試みるだろう）。

　ともあれ冒頭早々に登場する「これがわたくし、早乙女千絵です」というネーミングがなんともエグい。「早乙女千絵」という名前に私はうなってしまった。ただしこの名前はヒロインの妄想世界における役名であって、じつは彼女の本名は「江尻民子」という（このネーミングも凄い）。しかも、身長二百センチ、体重二百キロの「ドスコイ体型」の三十代の会社員なのである。要するに『ドン・キホーテ』の百合族バージョンといった作品で、深夜帯のえげつないコント物を見るように笑える。

　作品のストーリー自体は80年代以降のお笑いのノリによって展開するのだが、やはり特筆すべきはそのキッチュな言語感覚である。「エロチカ79」に登場するキーワード「後生ですから」もおかしいのだが、巻末に紹介されている著作リストからタイトルをいくつか拾ってみる。

『お嬢さまと青バラの君』
『お嬢さま大戦』
『猫転（ねこころび）伯爵、都へ行く』
『耽美なわしら　１　黒百合お姉様VS.白薔薇兄貴』

　癖になりそうなおかしさで、宮沢章夫の世界感覚にも通じていそうだが、私は詩人の平田俊子のことを思い出していた。平田もおかしなタイトルを作品名にする表現者で、デビュー作は『ラッキョウの恩返し』だし、『血まみれのんちゃん』という芝居の台本もある。とりわけ私を打ったのは「女の一生あるいは中山厚子」という詩作品の「中山厚子」という名前である。なんというか、富山の寒村の貧農の三女の怨念が空転して、不発の悲劇が底光りのする喜劇へと転化したような、コメディエンヌの仮面をかぶった猛獣の禍々しい気配にぎくりとしつつ、それでも「人は逆境においても立つものだ」と励ましのある笑いに勇気づけられるような、そんな悲しくもおかしいネーミングであった（つかこうへいの「熱海殺人事件」の世界にも通じていそう）。平田は、滑稽と悲惨をポジティヴに転化する才に恵まれている人で、「じゃあまた今夜、いつもの墓地で」というタイトルものけぞってしまうのだが、その作品の「会っても会っても会いたいのだった、／毎晩会っても足りないのだった、」という比較的軽めのフレーズにさえ、人間のどうにもならない本質的な恥部を、笑いながら肯定する姿勢がうかがえる。さらに付け加えておくと、平田には『（お）もろい夫婦』という詩集があり、この表記は、「おもろくてもろい」という人間の在り方を一挙に言い当てていて、秀逸である。

　話を「西城秀樹のおかげです」に戻すと、この作品はタイトルから察せられるように、西城秀樹のヒット曲「YOUNG MAN」が重要な役割を果たしている。「特に日本語ヴァージョンはかなり抽象的な歌詞になっていましたが、実はその裏には恐るべき意味が隠されていたのです！」と書かれているその裏の意味が、この作品の核である。詳しくは本書に当たってもらうしかないが、昨年唐突にレイザーラモンＨＧが歌手デビューしたさいに、この曲をカヴァーした理由がよくわかる。

　西城秀樹の「YOUNG MAN」は1979年に日本で大ヒットしたが、森奈津子はどうもこの年にこだわりがあるようである（「エロチカ79」という作品も書いている）。1966年生れの森奈津子にとっては、1979年という年は中学校入学の年に当たっている。私にとっては1975年が中学校入学の年であり、1978年が高校入学の年であるが、それぞれの年に個人的な音楽の風景において切断線が走っている。

　例えば1975年だったら、「抒情派フォーク＋昭和歌謡」と「ニューミュージック」というふうに（この年には伝説の「つま恋ライブ」が催された）。私にとっては、1974年が昭和の終わりであり（それ以降の昭和はプレ平成というしかない）、同時に日本近代文学の終焉でもある。この年は田中（角栄）内閣が倒れた年であった（ジャイアンツの長嶋茂雄と競走馬のハイセイコーが引退したのもこの年である）。この年に久世光彦演出によるテレビドラマ「時間ですよ・昭和元年」が放映されていることはなんとも象徴的。また1977年から1978年あたりが、70年代と80年代の交叉期だったように思う（1978年にYMOが結成された）。次節では1978年の音楽シーンに対する個人的な印象を書いてみたい。

（２）「1978年前後の音楽シーン」

　1978年というと（この時点ではまだYMOは聴いていないので）、サザン・オールスターズの「勝手にシンドバッド」と、（今振り返っての認識であるが）ヤマハの「ポプコン」の終わりの年であった。サザンのこのデビュー曲のタイトルは、この歌が作られた当時（1977年）にヒットしていた沢田研二の「勝手にしやがれ」と、ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」を安直に組み合わせたものである。けれどもこの組み合わせはなかなか象徴的で、私の考えでは、「勝手にしやがれ」（沢田研二）が70年代＝近代文学的だとすると、「渚のシンドバッド」（ピンク・レディー）は80年代＝ポスト・モダン文学的である（ここで登場した「近代文学」「ポスト・モダン文学」という言葉は、あくまでもイメージ的な比喩であり、厳密な概念でもなければ深い意味もない）。

　沢田のこの歌が、70年代前半に爆発的開花をした阿久悠のクオリティーの高さを誇る（私の中ではこの時期の大衆文化は「阿久悠」一色である）正統派的表現を担っているとするなら、一方のピンク・レディーはアイドルを素材にしてコンセプト遊びをしようみたいな80年代的な表現を担っている。ピンク・レディーの数々のヒット曲も阿久悠が担当しているが、実を言うと当時もそうだったが、いまだに私にはピンク・レディーの歌う歌のどこがいいのかさっぱりわからない。むりやり褒めるとするなら「ピンク・レディー」というキッチュなグループ名だろうか。

　ただし沢田の「勝手にしやがれ」は、有名な映画のタイトルに由来するように、「ポスト」の意識に彩られている。後に沢田は「ボギー。あんたの時代はよかった」（「カサブランカ・ダンディ」）とも歌うが、70年代後半の沢田は、「なにかが終った」という意識の濃厚な曲を歌っていた（79年のヒット曲「Tokio」で、ついに沢田はピンク・レディー化する）。映画の方の「勝手にしやがれ」の中で主役（ジャンポール・ベルモンド）の青年はハンフリー・ボガード（ボギー）に憧れているが、この映画の監督ゴダールも「ボギーが活躍していた時代の巨匠のようには自分たちの世代は映画を撮ることは出来ない」という「ポスト」の意識から映画を撮り始めた作家だった。たぶん同じく阿久悠の作詞による1975年のヒット曲「時の過ぎゆくままに」で、沢田も阿久もそうとは知らずに挽歌を奏でてしまったのだ。

　70年代の日本音楽において、ヤマハのポプコンが重要な役割を果たしたと私は思っている。中島みゆきもチャゲ＆飛鳥もここの出身である。最近知ったのだが、なんとチェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」もここから出ている。

　ポプコンの曲を紹介する「コッキ―・ポップ」というラジオ番組があって、ニッポン放送で深夜零時半から放送されていた。この前の枠では零時から「あおい君と佐藤君」「たむたむたいむ」が放送されていて、この一時間は私の周囲の中学生のあいだで人気があった。当時はラジオのAMが熱かったのである。ラジオ関東の「アメリカン・トップ40」も人気があった。

　余談だが、私が当時所属していたバスケットボール部内で、「アメリカン・トップ40」のDJ湯川れい子の人気が高く、あの語り、あの声質どれをとっても完璧だ、と評判だったのだが、ある日音楽雑誌にその素顔が掲載されて中学生たちの幻想は打ち砕かれたのだった。「顔は見ないほうがよかった」と白々とした気分が部内を覆った。この逆のパターンがピアニストの中村紘子の場合で、「顔はいいんだけど、声を聞いちゃうとね」というのがバスケット部員たちの一致した意見であった。ついでに余談だが、「たむたむたいむ」のDJはかぜ耕士だったが、最近テレビで作家の重松清が喋っているのを見ていて、70年代の深夜放送のDJの語りを連想したのだった。とりわけかぜ耕士と重松清が重なってしかたなかった。重松は『ビタミンF』で直木賞を受賞したが、やはりサプリメント系（癒し系＝かぜ耕士）なんだろうな。大きなお世話であるが、「サプリメントもいいけどポイズンの方もさあ」と思ってしまうのは私だけであろうか。

　ポプコンの方に話を戻す。ポプコンには、あまりセールス的に成功しなかった方の曲に好きなものが多いのだが、1978年に不朽の名曲「白いページの中に」（柴田まゆみ）が登場する。私にとってはこの曲がポプコン・ソング・ベスト1である。そして同率1位として、ウィッシュの「六月の子守唄」（1973年）をあげる。この「白いページの中に」でポプコンは頂点に達し、あとは下り坂を降ってゆくというのが、私の見解である。この年には下成佐登子の「秋の一日」も登場する。この曲は今聴くとアレンジが叙情過多のように思うが、下成佐登子15歳の時の作というのは驚異的である。

　「白いページの中に」には「長い長い坂道を　今登ってゆく」というフレーズがあるのだが（このフレーズは荒井由実の「ひこうき雲」の「白い坂道が空まで続いていた」というフレーズを聴いた記憶が反映されているのだろうか）、こうした「超越性の感覚」をポップ・ミュージックで感知しえたのは、このあたりが最後だったように思う。同年にゴダイゴの「ガンダーラ」や翌年に同バンドの「銀河鉄道999」があるが、こちらは通俗的な超越性という感じがして共感できない。72年前後にニューミュージック系の曲に頻繁に感じ取れた「超越性の感覚」は70年代末に瓦解するというのが私の見立てなのだが、このことは次回に書く予定。

　ポプコンからはいろいろと有名ミュージシャンが現れたが、その中でも高打率をキープしたのは、私の中では、八神純子である。彼女は、ラテンのリズムを自由自在に取り扱うことに、長けたミュージシャンだった。78年のデビュー・シングル「思い出は美しすぎて」はもちろんのこと、八神を一挙にメジャー化した「みずいろの雨」や79年のヒット曲「想い出のスクリーン」もラテンのリズムを、まったく違和感なく歌謡テイストの中に溶かし込ませている。76年にボサノバのリズムを取り入れた丸山圭子の「どうぞこのまま」があったが、これもまた名曲。

　八神の中で私が一番好きな曲は、「金曜日の夜」である。たぶん一般的にはあまり知られていないのだろうが、この曲もジャパニーズ・ラテン・ポップスの名作である（編曲は松任谷正隆）。この作品の発表当時（1982年）には「花の金曜日」なる言葉があって、その頃の金曜日の夜の祝祭感覚をよく捉えている。しばらくの間この曲をCDでは聴くことが出来ずに不審に思っていたが、2005年に出された2枚組のベスト盤に収められたのを知り、これを購入。20年ぶりぐらいに聞くことが出来た。アナログ盤では、ブラスセクションがもっと前面に出ていて、華やかな印象があったのだが、CD盤ではブラスの音があまりに小さく、デジタル・マスタリングの処理に問題があるのではないかと思ったほどだ。
このベスト盤には「サマーインサマー」という初めて聴く曲が収められていて、これは拾い物。これはもろに当時のAORである（山本達彦とかいたよなあ）。

　最後に78年（一部79年）の曲で印象に残っているものについて。
①「夢一夜」（南こうせつ）
　抒情派フォーク最後の輝き。作詞は阿木燿子。70年代後半の阿木は70年代前半の阿久悠のような存在だった。
②「たそがれマイ・ラブ」（大橋純子）
　作曲が筒美京平で、当時の洋楽のヒット曲「ユー・ビロング・トゥー・ミー」（カーリー・サイモン）のパクリといわれていたが、私はどちらの曲も好きだった。
③「とまどいトワイライト」（豊島たづみ）
④「雨に泣いている」（柳ジョージ＆レイニーウッド）
　どちらもテレビ主題歌だったが、こうしたテイストの曲はめっきりなくなったなあ。
⑤「嵐が丘」（ケイト・ブッシュ）
　この曲に影響されて、ブロンテの『嵐が丘』も読んだ。原作の雰囲気をうまく伝える曲である。明石家さんまのトーク番組のテーマ曲に使われてもいるようだ。コメディっぽいところもあるんだけど、この曲のファンとしてはちょっと違和感が……。番組担当者には再考を……。
⑧「ビコーズ・ザ・ナイト」（パティ・スミス）
　ニューヨーク・パンクの担い手のヒット曲。ブルース・スプリングスティーン作曲。洋楽はこの時期にパンクとAORにまっぷたつ。その間隙をぬって、テクノがいよいよ登場。

（２００６・１１・２）

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