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  「ファンタジーとしての『フォロー・ミー』」

 北欧系の人間に見受けられるあまりにも透き通った白い肌は、強い日の光を前にして、悲鳴をあげそうで、ウスバカゲロウのようにはかなげだ。魅力的な金髪にぴたりと似合いすぎる透き通る肌の持ち主ミア・ファローもまた、北欧の画家ムンクの題材の少女のように、つねに不安定な心の震えを身に纏わせている。だから、『ローズマリーの赤ちゃん』の場面で、夫とともに移り住んだアパートの地下にある洗濯場で知り合った、イタリア系のいかにも逞しい浅黒い肌をした若い女性と並んで立つと、ミアの弱々しさがいっそう際立って見える。

 ちょっとした足取りの乱れで、バランスを失ったとたん、体の奥底に秘められた不吉な何かを体の表面に浮かびあがらせそうなミア・ファローは、画面に不気味ななにかを導入する特異な女優だ。渡辺祥子は、ミアを「薄気味悪い女優」と呼んだが、確かにミアには男を虜にする魅力的な笑顔と、それとは対極的な存在の奥深いところが蝕まれているような不気味な顔のふたつを持つ。後者が徹底すると、ほとんどキャリー(ブライアン・デ・パルマ)のようなホラー顔に近づく。写真を通しての印象だが、近年のミアはキャリー化しつつあるかに見える。

 詩人の伊藤比呂美も、ミア・ファロー系の顔の持ち主で、衝撃的な詩集『青梅』の頃は,黒井ミサ(『エコエコアザラク』)のような暗い妖しさを発していたが、こちらもまた写真のみの印象では、ここ最近の伊藤は人間ではないなにものか(能でいう「生成り」のようななにか)への変貌を進行させている。幽鬼のようなその姿を見るにつけ、「ああ、この人は骨の髄まで芸術家なのだ」と、ある種の慄きとともに思わずにはいられない。

 キャリーというキャラクターからの連想だが、『フォロー・ミー』でのミアは、最近ニュースをにぎわす、いじめ自殺の小中学生の少女たちと重なって見える。結婚披露のパーティーや、夕食会、音楽会に居場所を見つけられず、ロンドンの町を彷徨うミアは、何かのきっかけで、キャリーの暗黒の世界に傾斜する危険性と直に接している。カミソリ負けをした竹脇無我のような顔をした夫のマイケル・ジェイストンは、その危うさが理解できず、ハクション大魔王のような愉快な風貌をした探偵のトポルのみが、ミアの苦しみを感じとることができる。空白から目をそむけるために世界を放浪したと語るトポルは、いじめられっ子のメンタリティーに近いところに立っている。

 ミアとトポルの間には、恋愛の萌芽が確実にあるが、『フォロー・ミー』という映画は、ハートフルなラブ・ストーリーという以前に、いじめられっ子の縮こまった心をヒーリングし回復させる思春期のドラマといえる。正確に10メートルの距離をはさんで、不思議なコミュニケーションを図るミアとトポルの姿は、微妙な距離を踏み越えてはならない精神科医と患者の関係に似ている。トポルが羽織っている尾行する探偵を裏切る白いレインコートは、カウンセリングを試みる医師の白衣のようでもある。

 精神科医と患者の恋愛は、ルール違反であり、忌避されるという。だから、ミアとトポルの距離が廃棄され、二人の関係が恋愛関係へと変質する瞬間が重要なポイントとなる。その変質を前にして、トポルはハードボイルドな慎み深さに徹する。トポルのダンディズムは、恩人の未亡人との関係を死ぬまで維持し続けた稲垣浩の名作『無法松の一生』の車屋のかっこよさによく似ている。未亡人を前にして、「俺の心は汚い」と男泣きする松五郎の姿の切ないことよ。

 微妙な距離そのものを舞台として演じられる『フォロー・ミー』の慎ましいドラマは、『無法松の一生』がそうであるように、ファンタジーを成立させることに成功していると思う。

 『無法松の一生』は、戦前版も戦後版もどちらもいいが、ヒロインの未亡人は、戦前版の園井恵子が素晴らしい。戦後版は、ヴェネチア国際映画祭で、グランプリを受賞したが、その時賞を争ったのは、ルイ・マルの『恋人たち』。どちらをグランプリにするかで揉めた選考会で、一人の選考委員が発言。「一方は初めから最後まで2人の男女が「愛している」と言い続ける映画だ。もう一方は最後まで「愛している」の一言を言えなかった男の映画だ。どちらがグランプリかは、明らかじゃないか」

 なお、『フォロー・ミー』の原作者は、『アマデウス』や『エクウス』で有名なピーター・シェーファー。ジョン・バリーによる音楽も素晴らしく、今もなお、人気が高い。映画監督の周防正行が『フォロー・ミー』の大ファンで、DVDとCDのサントラ盤の両方に寄稿している。

(2010・12・17)
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