　Be curious！

　「忘れられない迷（？）曲のいくつか」

　「あばたもえくぼ」「たて食う虫も好き好き」という諺があるように、おのがセンスや趣味を疑われかねない嗜好というものを、だれもがひとつやふたつは隠し持っているのだと思われるのだが、おそらく一般的な世評においては「キワモノ」扱いを受けているのであろうが、なぜか名品に寄せるような愛着を抱いてしまっている「迷（or名）曲」が私の記憶には刻まれているのであり、この原稿ではそのいくつかについて語ってみたい。以下箇条書き風に記憶の順に列挙してゆく。

　①「夕焼け番長のテーマソング」（加藤みどり）
　『サザエさん』の声優として有名な加藤みどりが、ここでは列記とした歌手としてパンチのあるヴォーカルを披露してくれている。１５分ものの特異なかつマイナーなアニメ番組の主題歌である。１，２回ぐらいしか聴いたことがないのであるが、１度耳にしたら胸に刻まれてしまうような絶品の楽曲なのである。加藤の一点の曇りもない一直線さと声質が見事に作品とマッチしている。世間的には超マイナーな作品であるが、そのクオリティーたるやかの名作『あしたのジョー』の主題歌に匹敵し得るレヴェルにあると、おぼろげな記憶ながらも、私は判定している。作品自体（あの梶原一騎が原作者）は夕焼けを見ると涙を流してしまう番長が主人公という、いかにも梶原らしいロマンティックかつ軽薄な設定の少年マンガである。
　１５分もののアニメ番組といえば『夕焼け番長』の少し後に本宮ひろ志原作の『男一匹ガキ大将』も放映されたが、この主題歌もけっこう胸に響いてくるいい曲だったように思う（メロディーも歌詞も全く覚えていないが、いかにも男の子を高揚させる曲調であったとうっすらとした記憶がある）。
　『夕焼け番長』も『男一匹ガキ大将』もその源流にはおそらくちばてつやの『ハリスの旋風』が位置しているが、これらの健全な（制度的な）不良は今や発見することがかなり困難である。もしかすると夏目漱石の『坊っちゃん』の主人公が同時代にすでに時代遅れであったように（「考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励している様に思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。（略）赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない」）、石田国松も同時代にはノスタルジックな対象であったのかもしれない。ちばてつやは良質なノスタルジーを表現しうる稀有な作家の１人であると言えよう。

　②「ハチのムサシは死んだのさ」（平田隆夫とセルスターズ）
　記憶に残る企画物としては「黒ネコのタンゴ」や「老人と子供のポルカ」なども候補に挙がっていたが、「帰ってきたヨッパライ」ほどのインパクトを持ちえていないがゆえ、ランキング入りさせることは見送り、ここでは代わりに「キワモノ」系でありながら、正統派「少年アニメのテーマソング」的な熱さを聴く者に伝えるこの歌をランクインさせたい。この歌は発表年（７２年）の紅白歌合戦にも出場した。この曲の果敢な敗北者ムサシのイメージは、今振り返れば（これはあくまでの譬えであるが）連合赤軍周辺の反体制的な当時の若者の姿と重なり合いもする。子供だった私は少年アニメ的なロマンティシズムを感受しており、その気恥ずかしいロマンティシズムを「ハチのムサシ」という絶妙な戯画によって度し難い反動へと堕する気配を巧みに押しとどめ、その青臭い熱さを救出することにこの歌は成功していたと思う。
同時期に同じようにハチを主人公にしたタツノコプロダクションのアニメ作品『みなしごハッチ』があったが、私はこの作品を世間の評価ほどには好きではない。かなり前にパリのホテルの部屋のテレビにこのアニメが映っていたのを見た時はびっくりした。また同じプロダクションの『マッハGO GO 』はアメリカで人気があったという。他にも『科学忍者隊ガッチャマン』や『タイムボカン』シリーズなどタツノコプロには有名作品が多いのだが、私は何よりもまず『紅三四郎』をベスト１に挙げたい。他の諸作品にはこれっぽっちの執着も持ってはいないのだが、『紅三四郎』なら再見して熱い気持ちになりたいと思う。

　③「あまい囁き」（細川俊之・中村晃子）
　オリジナルはフランス語による「パローレ」（アラン・ドロン＆ダリダ）でそれを日本語に翻案したもの。日本語の歌詞もなかなか凄い世界であったが、フランス語による原曲はもっと卑猥だという話。日本語版の発表は昭和４９年だが、リアルタイムでは聞いておらず、初めてこの曲を知ったのは中村晃子によるムード歌謡の失敗作「恋の綱渡り」がリリースされた頃。その世界たるや「悶絶ソング」チャートにランク入りする資格が十分にあるが、歌詞以外の音楽的クオリティーの高さと、細川と中村の熱演ぶりが感動的であるがゆえに、忘れがたい名（？）曲として記憶されることとなった。

　④「ソウル・ドラキュラ」（ホット・ブラッド）
　７０年代後半のディスコ・ブームの流れの中で、彗星のごとく現れた、祭りの屋台の雑踏のような不思議な血の騒ぎ方を味あわせてくれた、たんなる珍品扱いはしたくない駄菓子屋の高級品目のような楽曲。この曲の発表年（７６年）の前年に、確か日本テレビのバラエティー番組（水曜の夜に放映されていたと思う）で「よいやさのよいやさ」という掛け声とともに素人の集団がダンスの対抗合戦をするコーナーがあって、通っていた小学校の屋上で同級生たちとその真似をしていたのだが、その時の無意味な興奮を思い出させてくれた。
　ところでこの曲に関して、曲の導入部の「ソウル・ドラキュラ……ハハハハ」という台詞の部分が「ソウル・ドラクラ……ハハハハ」ではないかというクラスを二分するような熱い大論争が勃発したことがあった。私は「ドラクラ」派であった。それほどまでにこの曲への思い入れは強かったのである。この曲は一般的にはキワモノ扱いをされているようだが、この曲のヒット以後に登場する本物のキワモノである「ソウル・フランケンシュタイン」や「ジンギスカン」とはまるで（私の意見では）レベルが違うのである。この年には「運命７６」というディスコブームのどさくさにまぎれて出てしまったようなよくわからない曲もあったが、それらのものとは別格の、同じ頃のヒットディスコナンバー「プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック」（ワイルド・チェリー）と同系列に属するほどの佳曲であると、私は擁護したい。
　７６年にはビージーズの「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」が発表されヒットし、その流れは翌年の「サタデー・ナイト・フィーバー」へと続き、世界的なダンス・ミュージック・ブームを決定づけることになったが、８０年初頭にイギリスの音楽評論家によって投票された「７０年代を代表するロックアルバム」において、第１位の『ジギー・スターダスト』（デビッド・ボウイ）についで第２位にビージーズの『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラ盤がランキングされたことを新聞記事で読んだ時には、感慨深いものがあった。

　⑤「河内のおっさんの唄」（ミス花子）
　「やんけやんけせやんけわれ」という熱いフレーズが印象的なこの歌は、たんなる戯画としてよりも、「夕陽に向かってダッシュしようぜっい！」と叫べる硬派志向の運動部の連中によって、「真面目とお笑いの境界線上でぎりぎりマジの方へ傾斜」というスタンスで支持されていたように思う。お笑いぎりぎりの泥臭さの美学がこの頃はまだ生存することが許されていた。この曲は思いもかけぬヒット作となり、当時『前略おふくろ様』の「トシオさん」役でブレークしていた川谷拓三主演として、同タイトルのお正月映画が作品化されたほどである。

　⑥「嗚呼花の応援団」（異邦人）
　当時人気のあったコミックをモデルとした歌であり、映画化もされていて、その主題歌として使用されていたようにも思う。
　この歌がテレビで流される時は、長髪に学ラン姿のエレキギターを持った男が、青田赤道の「クェッ、クェッー！」というポーズを決めてから歌に入るという、絵に描いたような「キワモノ」演出がなされていたが、その馬鹿馬鹿しさに旧制高校バンカラ野郎の熱き血潮を見るような思いがした（なんたって「応援団」だもの）。
　８０年代には完全消滅したこの雰囲気のものに私はかなり強い執着を持っていて、だからある時期の私の「男の理想型」は「下駄履きの似合うシャイな男」というものであった。このタイプのものがギャグではなく、まっとうなものとして成立し得たのは、かまやつひろしの「わが良き友よ」（７５年）が最後であったろうか。もっともこの歌自体も、中年になった主人公が学生時代を懐かしむという構えのもとに成立しているのである。ちなみに翌７６年には平凡出版（現マガジンハウス）の雑誌『ポパイ』が創刊されている。
　８０年代前半には「昭和軽薄体」と称されて椎名誠が時代の新旗手扱いされていたが（正確には椎名の登場は７０年代後半であるが）、椎名の実体は「古き良きバンカラ」というオールドタイプであった。当時は私も椎名の本は好んで読んでいたが、周りを見回してみても野暮ったいけど気のいい奴が椎名を支持していて、運動部と文化部の二分法で言うと文化系の人間は椎名には拒絶反応を示していた。当時椎名のことを「自殺できない太宰治」と持ち上げていた吉本隆明も、椎名に対して感じ取っていた「体育会的倫理性」に違和感を表明していたのである。
　この曲は私にとってバンカラへの挽歌のようなものとしてある。

　⑦「なぜかさいたま」（さいたまんぞう）
　８０年代初頭、埼玉県自身が自らのことを、今をときめくヒロシの芸風で歌った。ただしヒロシのようなフラジリティーなしの鈍重一直線のような装われたタフさのもとに。
　「悶絶ソング」の方に入れてもいいのだが、導入の「なぜか知らねど」という人を食ったような歌詞に、いたく感動してしまったがゆえに、ドジで足手まといになることしきりだが憎めない年の離れた弟への愛情のようなものが生じてしまったらしい。
　それにしても「なぜか知らねど」と枕詞を置いて自説を主張しきってしまうアストロ球団のようなあっけらかんとした力強さ（？）よ。この強力なフレーズは、私の中では、『異邦人』（カミュ）の主人公の「太陽が眩しかったから、人を殺した」というフレーズを凌駕するほどのものなのである。

　⑧「地球の危機」（宍戸留美）
　歌っている歌手の天然キャラにしろ、美少女アニメもののキャラクターのようなキッチュなコスチュームにしろ、さらにはエコロジーという当時（１９９１年）はまだぶりっこ扱いされかねないメッセージにしろ、半分ぐらいは冗談のようにして企画された楽曲なのだろうが、強烈なビートにのったポップな躍動感が冗談気分を吹き飛ばし、音楽愛好者の心をワクワクさせてくれる名品として記憶されることとなった。
　この曲のビミョーさは９１年という時代の微妙さそのものを反映しているように思う。つまり８０年代の浮ついた気分が人々の感性にまだありありと影響を残していながら、９０年代のシリアスな現実が確実に足元に忍び寄っていた時期の微妙さである。
　９１年にはイラクのクェート侵攻に端を発する湾岸戦争が勃発した年であったが、この戦争をうけての日本の文学者による反戦集会の動きは賛否両論を巻き起こした。８０年代的感性と９０年代的現実の遭遇である。今振り返ると８０年代は批評が確実に衰退していたことがわかる。
　オルタナティヴ・ロックやグランジ・ロックが登場するのがやはり９１年頃からである。

　⑨「スキャットマン」（スキャットマン・ジョン）
　「ソウル・ドラキュラ」から約２０年の歳月を経て、ハイクオリティーなキワモノ・ダンスソングが登場した。スキャットマン・ジョンは日本のＴＶコマーシャルにも出演してコメディアン扱いされていたが、この曲を音楽的に評価しようとする人の数はけっして少なくはなかった。
　この曲の日本でのブレークをうけて、加藤茶が日本語バージョンを出したが、こちらの方は本当のキワモノだった。「いまだにこんなことをやっているなんて、日本の音楽業界には古い体質が残っているのだなあ」と少々呆れてしまった。

　⑩「恋はメキメキ」（トム・ジョーンズ）
　この曲もまた一種の「キワモノ・ダンスソング」といえる。ギトギトの豚骨油のようなエグいビートが、下半身を悩ましくも攻め立てる。上半身では笑ってしまっているのだが、下半身が真面目に浮き足立ってくるのだ。「これは侮れないダンスミュージックだ。馬鹿のふりをしているが、筋金入りだぞ」と下半身は直感してしまう。この曲こそが、松平健の「マツケン・サンバⅡ」の発想源ではないかと、私は睨んでいる（といっても１年ほど「マツケン・サンバⅡ」のほうが早いのだが）。
　また多くの人が語っているように、この邦題は秀逸である。サビの部分の「make you make you love me」が「メキメキ」に聞こえるのは確かなのではあるが、「恋はメキメキ」というのは、もうこれ以外は考えられないという点で、言葉と音楽との完璧な遭遇が演じられていると言っていい。

（２００５・６・１５

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