　Be curious！

　「私を悶えさせた悩ましい曲のいくつか」

　自分の音楽的記憶を遡ってみると、ピンキーとキラーズの「恋の季節」とザ・キングトーンズの「グッドナイト・ベイビー」とフォーク・クルセイダースの「帰ってきたヨッパライ」、そして（これは子供向けのテレビ主題歌だが）『キャプテン・ウルトラ』のテーマソングに夢中になっていた記憶がある。「キャプテン・ウルトラ」と同じ系統の曲に手塚治虫原作のアニメ番組『海のトリトン』の主題歌があり、この曲も好きだった。曲調といい、歌われている内容といい、ともに大航海時代もの（コロニアリズムを含む。『海のトリトン』の最終回は、主人公が自分の一族のコロニアリズム的欲望を知り、愕然とするというかなり深い内容の話しだった）の子供版である。『キャプテン・ウルトラ』は所謂「スペース・オペラ」だったが、「スペース・オペラ」というのは大航海物語を宇宙空間に置き換えた話である。SFの一翼を担うこのジャンルは、だから、物語的には既知のものである一方、物語の内に描かれた「小道具」や「仕掛け」を楽しむという快楽がある。

　ところで親戚の話しによれば、幼い頃の私はブルー・コメッツの「ブルーシャトー」の替え歌（食べ物の名前が続いてゆくやつ）を歌っていたというのだが、まったく覚えていない。

　思うに自分の好みの音楽は、メロディーがいいこと、スピード感があること、突き抜けたようなナンセンスの輝きがあることの三点が原型としてあるように思う。

　ところでこれらの曲が流行っていたほぼ同時期に『悪魔くん』という水木しげる原作の子供向け妖怪ドラマがあった。その中のお約束シーンに、悪魔くんの命令に従わないメフィストに対して悪魔くんがオカリナを吹くと、メフィストが頭から湯気を上げて苦しむ場面がある。当時はピンとこなかったが、後に拷問としての音楽というのもあると実感させてくれることになる幾つかの曲と遭遇することとなる。

　「私を悶えさせた悩ましい曲の数々」のひとつにフォーリーブスの「地球はひとつ」がある。「僕から逃げようとしたって駄目さ。だって地球は丸いんだもん」という有名なフレーズがあるのだが、「ああいうこと歌われてもねえ」と同級生と語り合ったことを覚えている。前々から「ジャニーズの言語感覚は私の言語感覚を逆撫でしてくれる」というテーゼを持っているのだが、特にその傾向はジャニーズのグループ名に顕われているようだ。「フォーリーブス」というグループ名はかっこいいと思っていたが、「シブがき隊」という名前は、私の羞恥感覚ゾーンをかなり強烈に攻め込んでくれた（たぶんこれが「ジャニーズすごいぞネーミング」の１位である）。「少年隊」というのも「シブがき隊」ほどではなかったが、CIAが言語環境汚染という手の込んだ陰謀（脳軟化症日本国力低下作戦）を日本に対して仕掛けているいるのではないかとふと思ってしまったし、「光GENJI」というネーミングもヤだったなあ。「男闘呼組」もかなり凄かったし（この頃になると免疫というものができつつある）、「少年忍者」とかいう意味不明なものまであった。このグループ名と出遭った時は、押入れの奥からフラフープやらダッコちゃんやらアメリカン・クラッカーやらの骨董品的価値すらもつきそうにないおもちゃを見つけて、おかしくも楽しくもないのにとりあえず笑っておこうかという、消極的な積極性というか、非生産的な偽りのハジけぶりというか、もうあと１歩のところで「ポピュリズム撲滅論」をぶち上げる、という所までは至らない妙に燻ぶった白けた気分を味わったのだった。それからまた「KinKi Kids」というのは吉本興業のタレントのようだし、逆に最近のお笑いタレントは「スピードワゴン」などお笑いタレントらしからぬグループ名を名乗る場合が多いようだ。

　またV6の岡田准一が主演して話題となった映画『東京タワー』の惹句「恋はするものじゃなくて、落ちるものだ」というフレーズも、私の言語感覚を十分逆なでしてくれた（岡田はいい俳優だとは思うが）。

　さて楽曲の話に戻ろう。上に記したシブがき隊のヒット曲に「NAI NAI　１６」というのがあった。正確には覚えていないのだが、出だしの歌詞の部分に「笑わせるんじゃねえ。下駄箱にラブレターなんてよ」というのがあって、それを聴いた時は、いやあもう戦慄が走りましたよ。グループ名といい、この歌詞といい、この３人組は「金のためだと思って諦めろ」と事務所の人間から脅迫まがいの諭しを受けているに違いない、あるいはそうでなかったら、特殊な催眠術をかけられるなり、大脳の一部を麻痺させるような薬物を投与されるなりして、人間的な繊細な感覚を奪われてしまっているに違いないと、当時は推測したのであった。ただしこの曲には有名な「ジタバタするなよ！世紀末が来るぜ！」というフレーズがあり、これは皮肉でもなんでもなく「凄い！」と思った。これはまあ出会い頭のホームランというやつだが、それにしてもこのフレーズは天才的な閃きの一瞬というしかない。この曲の作詞は森雪之丞だが、この名前もペンネームなのだろうと思う。このエグいニセモノ感がこの人の身上であって、中途半端なアート志向みたいなものにはさっさと見切りをつけて、キッチュなるものを極めた方がいいと思う（大きなお節介であるが）。今でもなお引用されることのあるこの名フレーズには、今乗りに乗っている宮藤官九朗（これもペンネームだろう）のセンスと近いものを感じるのだが。

　またもやこの原稿も、長くなりそうな気配が漂ってきたので、以下、悩ましい曲のいくつかを記憶の順に箇条書きふうに列挙してゆくことにする。

　①「圭子の夢は夜ひらく」（藤圭子）
この曲はコワかった。ある程度の年齢を超えていないと理解しにくい曲。

　②「男の子女の子」（郷ひろみ）　　
当時は「ひろみ」という名はかなりショッキングだった。少し前のGS文化をレベルダウンしたような感じで、この後「イルカに乗った少年」（城みちる）というのも登場して、この系列は激しく私を悶絶させた。

　③「なみだの操」（殿様キングス）
大ヒットを飛ばしていたが、感覚的にはパロディとしての明治時代を感じていた。ある種の演歌の馬鹿馬鹿しさは、ある種のアイドル文化の馬鹿馬鹿しさと通じ合っているなあと、意識的ではないにせよ何となく感づき始めていたように思う（かつて「演歌なんて歌えない」という珍妙な歌があったが、歌えない（付き合いきれない）アイドル歌謡というのもある）。このレコードを出す前の彼らは、それなりに面白いコミックバンドだったはずだが、そちらのほうが個人的にはずっといいと思っていた（「オサムちゃんでぇーす」というフレーズがあったように思う。これはもしかしたら「ぼんち」のほうかもしれない）。

　④「傷だらけのローラ」（西城秀樹）
日本男児と欧米女性の組み合わせというのは、何がしかのファンタジーをかきたてるものなのかもしれない。ほぼ同時期には「ニーナ」が登場する沢田研二の「追憶」があったし（「ローラ」よりはこちらの方が好き。つかこうへいの芝居で使用されたこともあるという）、ちょっと前には「ケンとメリー」が登場するバズが歌った日産スカイラインのCMソングがあった。「ヒデとロザンナ」という生のカップルもあった。ヒデキのヒット曲であるが、曲の合間の間奏部分の「バカヤロー」というヒデキの雄叫びは、悶絶度がかなり高かった（そもそもなぜ「バカヤロー」なのか論理的にわからない）。「バカヤロー」の叫び声とともに上がる追っかけのファンの嬌声も、醜悪なものであり、暴力的なセンスの悪さへの懼れを実感していた。西城秀樹その人には同情的であり、つらいお仕事だなあと思って見ていたし、何度もこの苦行に耐える彼を恐ろしくタフな人だと感心していた。

　⑤「昭和枯れすすき」（さくらと一郎）
TBSのドラマ『時間ですよ。昭和元年』の挿入歌で、細川俊之演じる結核を病む男と飲み屋の女主人が寄り添う場面でBGMに流れていた。この曲といい、そのシーンの絵面といい、「醗酵しきった田舎のポピュリズム」としか言いようがない。「一杯のかけそば」だの「鈴木宗男の馬一頭の話」だの居直り強盗的なセンスの悪さは、やはり存在してしまうのだと、世界を恨みたくなるような気持ちにさせられる不条理ってやっぱりあるのですね。悶絶ソングランキング第２位である。

　⑥「さらばハイセイコー」（増沢末夫）
「昭和の怪物」と呼ばれた競走馬ハイセイコーの引退直後（最終レースであった「有馬記念」の結果は１位タニノチカラ、２位ハイセイコー、３位タケホープであった）に、この名馬と共に戦った騎手増沢によって歌われた不思議な企画物。当時はこの手の（安っぽいと言えば安っぽい）ドラマは素直に好きであったが、作品としての質の低さとヴォーカル増沢の歌の下手さのために、何ともいえない居心地の悪さを、この曲が流れる度に味わったものだった。増沢があまりに生真面目に歌うために、哄笑するチャンスも見出せなかったのである。けれどもどこか憎めないところがあり、幾分かは愛着を覚えるようになっていた。実際、サビの「さらばー、ハイセイコー」の部分を「さらばー、タケホープ」と変えて、同級生と歌っていたのである。

　⑦「ベルサイユのばら―愛のテーマ」（鳳蘭ほか）
６０年代後半GSブームが一世を風靡した。このGS（グループ・サウンズ）なるものは、芸能プロダクションが宝塚歌劇を参考にして企画したものだという。日本の音楽シーンにおいて先鋭的な部分を担ったミュージック・ムーヴメントの本家本元が、７０年代半ばに「ベルばら」ブームを巻き起こした。その時の大ヒットテーマソングがこの曲である。いやあー悶絶させてくれましたよ。それはもう。この曲が何かの拍子に耳に入ってしまう度に、頭をかきむしり「ヘルプ・ミー」と叫びだしたい苦しみを味わった。『悪魔くん』のメフィストの苦しみの何たるかを正確に理解させられ、この曲が文句無く「悶絶ソングランキング第１位」である。
　私は、７０年代前半のニューミュージック同様、６０年代後半のGSを日本のポップス史において重要視しているのであるが、イメージ戦略としては双生児の関係でありながら、音楽的にはGSと宝塚はなぜにかくもかけ離れてしまうのか。思うにそれはたぶん音楽的な土壌の違いがあまりに異なっているからである。GSの土台には欧米のロックやポップスがあるが、宝塚で歌われる歌というのは、有名なテーマソング「すみれのはーなーさくーころー」に見られるが如く、文部省唱歌（「蛍の光」や「仰げば尊し」などもここに属する）の流れを汲んでいるのではないだろうか。宝塚ってお嬢さん学校の派手な学芸会って感じだし、アングラ演劇からは思いっきり遠い所にあるようだ。逆にこれを批評的に取り込めば、面白い世界が成立するようにも思える。

　⑧「駆け巡る青春」（ビューティーペア）
ミルマスカラスのテーマソング（「スカイハイ」ジグソー）というアイデアと宝塚のアイデアを足して２で割ったようなコンセプトであったが、結果は宝塚のパロディのような凄まじさだった。「わたしからあなたへ。あなたからわたしへ」という部分の振り付けなど「わーきゃー」ものであった。

　⑨他にもベイシティ・ローラーズの日本版レイジーの「赤頭巾ちゃんご用心」が恥ずかしかったし、７９年か８０年頃に当時人気絶頂にあったアース・ウィンド・アンド・ファイアーの日本版のブラス隊をフィーチャリングしたグループ（グループ名も歌っていた歌のタイトルも忘れたが、サビの部分が「イン・ザ・スペース」という歌詞である）が、ヨーロッパの中世騎士のような物々しいいでたちといい、リードヴォーカルがアース・ウィンド・アンド・ファイアーと同じくファルセット・ヴォイスなのが（演奏自体はもの凄くしっかりしていることもあって）中途半端に恥ずかしかった。ところでピンクレディーの元ネタってアメリカの女性ロックバンドのランナウェィズではなかろうか。

　以上「悩ましい曲」の数々をざっと見てきた。この原稿では「迷（？）曲」の数々も取り上げる予定だったが、本稿が予想外に長くなってしまったので、別原稿として改めて書くことにする。近いうちに発表しようと思うので、興味があったら読んでください。この原稿はもっとコンパクトなものになるはずだったのだが。

（２００５・５・１３）

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