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  「小松左京氏の重力(改訂版」

 二〇〇六年の夏に、私は小松左京氏の『果しなき流れの果に』についての評論を書いた。その評論を書いたきっかけは、『果しなき流れの果に』が世界的にも類例をみない破格の面白さを備えた作品であることはもちろんのこと、その前段階として、その二年ほど前にたまたま『日本沈没』を再読していた(正確にはリターンマッチとして)ことにある。初読は『日本沈没』が大ベストセラーとなっていた一九七三年、小学生の時に背伸びをして、カッパブックス版(光文社)を、つっかえつっかえしながら読んだというものである。結局その作品は、小学生の読書力には手が余り、上巻を読んだところで挫折してしまい、下巻を読み通すことはできなかった。

 そして中年期に入り、たまたま書店で見かけた光文社文庫版の同作品の、小学生の時に見た覚えのある同じデザインの表紙に懐かしさを覚え、二度目のトライとなった次第である。その時読んだ『日本沈没』は、懐かしいのと同時に新鮮だった。それは、アニメ番組しか観たことのない子供が、初めて時代劇を観るように新鮮だった。永らく私の周囲の文化的風景には不在だった「人生の重み」を身に纏った人々の姿が新鮮であり、かつ懐かしかった。

 昭和において、より正確には一九七〇年代前半までの時代において、リアルなものとして感受されていた「責任を背負った男の佇まい」に、泣きたくなるような懐かしさを覚えた。精神的な意味でも肉体的な意味でも、ひとの背骨に負荷をかけ、ひとの背筋を正させるような「重力」が、小松氏の『日本沈没』には装填されていた(宇宙飛行士の若田光一氏が無重力状態の副作用である「骨粗鬆症」の予防薬を服用することが話題となった。無重力による肉体的弊害は、精神的な影響にも当てはまるはずである)。もともと、氏が同作品を書いた動機自体が、日本社会に重力を再導入することにあった。

 氏によれば、『日本沈没』を構想し、その仕事に取り掛かり始めたのは、東京オリンピックの頃(一九六四年)である。当時、多くの日本人が戦中戦後の記憶を忘れ始め、浮足立ち、浮かれている様子に、氏は強い違和感を抱いていた。あの悦ばしいほどにひりつくような緊張した時間を、戦後日本に再び取り戻すために、氏は『日本沈没』を書き始めたのである。一九六四年には『日本アパッチ族』が発表されているが、この作品の「まえがき」の中で、氏は次のような印象深い言葉を書いている。

 大阪城のはずれにたたずみながら、そんなことを考えているとき、ふと私はその風景の中に、まだ廃墟の姿が残っているのに気づいた。いや――風景のほうにではなく、私の心の中に廃墟がいきいきと生き続けているのに気づいたのである、あの手のつけられない無秩序と、ほとばしり出るエネルギー、そして無限の可能性――戦後一九年たったにもかかわらず、まだ私の中に、あの廃墟が生きながらえているのを見いだしたとき、私は一抹のなつかしさとともに、激しい驚きを感じた。

 「廃墟」という緊迫した重力地帯の中で、その重力に抗うように、そしてその重力をエネルギーの糧として、ひとつの「実存」が立ち上がる。小松氏は「実存」という言葉を好まれるようだが、私はそれを、小松氏固有の風景と切り離しては受け取れない。

 ところで、精神分析学が明らかにしているように、「主体」というものは、「法」や「制度」や「父」のような抑圧の下で、それに抵抗する過程を通して形成されるものである。「主体」が成立するためには、「重力」の作用が不可欠といえる。私は『果しなき流れの果に』の中に、そのような主体と抑圧のドラマを見いだした。私が書いた『果しなき流れの果に』についての評論のタイトルは「青春小説としての『果しなき流れの果に』」というものであった(註1)。そのような私の固有の「読み」の背景には、私と私の父とのあいだの固有な親子関係というものがある。「青春小説としての『果しなき流れの果に』」の三年後に、私はアシモフ論を書いて「第四回日本SF評論賞」優秀賞を頂いたが、贈賞式でのスピーチで、私は私自身の親子関係に触れた。その話は、意外な反響を呼んで、何人かの人から珍しがられた。「小松左京マガジン」の乙部順子氏も、そのうちのおひとりで、本稿は、「親の意向に背いて、文学の世界に進んだ自分」のことを書いてみないか、という乙部氏の要望に応じて書かれている。

 贈賞式のスピーチでも述べたが、私の一族(特に父方の一族)は、文学とはまったく無縁の集まりで、実業一本やり、立身出世が至上価値という「文学」の「ぶ」の字も無いような処であった。そうした雰囲気に他所の家庭にはない息苦しさや重力の存在を体感していたのだが、さらなるおまけとして、私の父はバスケットボールの実業団リーグの選手およびのちには監督をしていたこともあって、我が家の「G」の数値は一般家庭よりもかなり高いのではないかと思われるところがあった。

 「重力は主体を生む」である。

 世俗的な実業という重力に対抗するために、反世俗的と思われた文学に向かうのは必然であった(本当は文学も「商品」という世俗性を免れないと納得するのは大学生になってからである)。高校生の頃から私は文学書を手にとるようになったが、最初はマルタン・デュ・ガール氏の『チボー家の人々』であった。チボー家の父と次男ジャックの対立(父によってジャックは感化院に収容される。その場所で、おそらく、ジャックは監督人による性的虐待を受けた)に、自分自身の親子関係を重ね合わせるというベタな読み方を当時はしていた。私は文学を通して、自己形成をしてきたし、だから「主体」にこだわる文学を好んで読んだ。大学に入る頃には、小林秀雄氏と高橋和巳氏(言わずと知れた小松氏の京大時代の親友)という重力系の文学が好きであった。

 ところが!である。我が家の重力と時代の重力は、かなりの差ができてしまっていた。象徴的なのは一九八〇年の暮に発表され、翌年芥川賞を受賞した「父が消えた」(尾辻克彦氏)である。抑圧する父(重力)は消え、時代は無重力状態の軽いものへと変質していたのである。極端にいえば、地球から月に来たようであった。大学入学直後、文学部には重力のドラマを通過した猛者どもが集っている、という私の期待は見事に裏切られた。キャンパスの風景はあくまでも長閑だった。文学部の教室は平和そのものだった(当時は田中康夫氏の『なんとなくクリスタル』がベストセラー街道を驀進中であった)。父と息子のエディプス的な闘いなど、あくまでもダサいもので、「パラノ」だ「ルサンチマン」だと、揶揄される代物でしかなかった。「主体」および、「主体」を成立させる抑圧との闘争のドラマは、「ニュートラル」の一語で一蹴された(80年代の愚行を反省して、柄谷行人氏は90年代に改訂された『隠喩としての建築』英語版で「本書が、大文字の建築を否定しながら、なお建築的であろうとする人たち、大文字の主体を否定しながら、なお差異としての主体たらんとする人たちに読まれるならば、幸いである」と書いている)。

 八〇年代には「闘争」は死語だったのである(それは「主体」や「情熱」が死語であったことと同義である)。八〇年代も終わる八八年に、蓮實重彦氏は次のように書いている。「小説を擁護したいとふと漏らしてしまったことで、われわれは闘争そのものを擁護していたのだと、いまにして思います。そこには、本来が闘争としてあったはずの小説が、闘争とは別の何かに変質しはじめていることへの、いまだ充分に意識されてはいない苛立ちがあったに違いない。苛立ちというより、悔しさであったのかも知れません」(『闘争のエチカ』)八〇年代は、闘争や主体を馬鹿にするモード(批評の衰弱)を通して、新自由主義を用意した時代であった。小泉純一郎氏や竹中平蔵氏だけに責任があるわけではない。メディアにも国民にも責任がある。そのような風景の中で読んだ『日本沈没』と『果しなき流れの果に』は、そのような風景そのものに対する闘争のようにみえた。

 『日本沈没』は、未曾有の天変地異に対する欲得抜きのプロジェクトを、全体を冷静に俯瞰する視点と行動する様子の活写を通して描き、それは、同じく激動の明治という時代を熱く太く生きる群像を、全体を俯瞰する客観的な大人の視線でとらえた司馬遼太郎氏の作品に匹敵していた。このような「重力」は、戦後、失われたものであり、『日本沈没』は戦中派の戦後に対する批判(闘争)であった。また、『果しなき流れの果に』は、戦後日本の権力支配構造が、書き込まれているようだった。つまり地球滅亡後の世界における「宇宙人」「進化管理官」「野々村らの反逆者グループ」は、それぞれ、戦後の「日米安保をしきるアメリカ」「安保条約をおし進める岸内閣」「安保に反逆する全学連」に対応しているという私なりの見立てである(「進化管理官」に属する松浦は野々村の実の父である)。六〇年安保闘争の意味の是非はおくとして(註2)、『果しなき流れの果に』を読みながら、私の中のジャック・チボーが懐かしくも目覚めた。それは清々しい体験だった。八〇年代に消された「重力のある風景」との遭遇は、このうえなく貴重だった。

 評論を書く当初は『日本沈没』の側から書く案もあった。つまり「治者」による重力との闘いを、重力の希薄な風景に導入しようかと思ったのである。この案が変更となったのは、件の評論を書いていた二〇〇六年夏に、安倍晋三氏の『美しい国へ』がベストセラーになっていたことによる。評論を書きながらこのことは意識していた。浅はかな「右」への傾斜には同調する気になれなかった。「美しい国」というレトリックは、いかにも無重力で、安倍氏の取り巻きは何か進言すればいいのにと思ったほどだが、個々の主体が無重力化し、勢いのあるものに無批判に巻き込まれる風潮は嫌でたまらなかった(註3)。よって、『果しなき流れの果に』の側から書くことが選ばれた。「反逆のドラマ」という鈍重きわまりない題材である。ジャック・チボー的存在という今では古臭いキャラクターにどれだけの人が共感するだろうかという懸念は、ほんの少しだけあったが、反時代的姿勢を決め込むことにした(『チボー家の人々』を読みふける女子高生を描いた「黄色い本――ジャック・チボーという名の友人」(高野文子氏)というコミックに、「命をかけてきみのものなる」という言葉に主人公の少女が涙する場面が登場するが、今やこうした抒情は成り立たないだろう)。「青春」という言葉を使うのはこれが最後だ、とタイトルは「青春小説としての『果しなき流れの果に』」に躊躇うことなく決まった。

 「黄色い本――ジャック・チボーという名の友人」の少女は、「家出をしたあなたがマルセイユの街を泣きそうになりながら歩いていたとき、わたしがそのすぐ後を歩いていたのを知っていましたか?」と語る。彼女はジャックの風景に深く浸透されているが、同じく『果しなき流れの果に』も実存の重みを装填した風景の感触があり、風景の強度と遭遇する体験をセンス・オブ・ワンダーというのだと再確認させてくれるのが小松氏の作品である。

(註1)
 小松氏の「青春小説」というと『継ぐのは誰か』を思い浮かべる人も多いであろうが、私の好みではない。大学院生を中心とした若者たちは、エスタブリッシュメントで、学校を卒業したら、ホワイトハウスにでも就職しそうである。この作品は、私にとって、手塚治虫氏のマンガである。対するに『果しなき流れの果に』は、『あしたのジョー』である。理由は、『果しなき流れの果に』も『あしたのジョー』も、ラストで主人公が燃え尽きるからである。

(註2)
 今では60年の安保改正を評価しようとする声は多い。安保改正の内容は、日本側にとって有利だったとされる。保守派の福田和也氏は、岸信介氏を「本物の責任感と国家戦略を持った戦後唯一の総理」と評価している。

 大江健三郎氏や谷川俊太郎氏などそうそうたる文化人を擁した「若い日本の会」が、安保闘争に積極的にコミットしたが、メンバーの石原慎太郎氏によると、江藤淳氏を除く誰1人として、安保反対を叫びながら安保条約の条文を読んではいなかったという。

(註3)
 「政治の無重力化」は、安倍氏、福田康夫氏による二代続けての政権放棄というかたちで演じられ続けている。漢字が読めなかったり、失言を繰り返す麻生太郎氏も、また、「無重力化」の圏域から、抜け脱せないかのようだ。あろうことか2009年2月に開催された「G7」会議の記者会見で、酩酊状態で臨んだ中川昭一元財務大臣もまた、日本の政治の無重力化現象を全世界に知らしめてみせた。

 現世的な利権がらみの泥臭い政治よりも、超越的な価値を志向しようとする安倍氏の資質は、今の世の中にあっては、貴重だともいえる。いみじくも森喜朗氏がマイナス面としてあげた「純粋すぎる」と評される安倍氏の側面は、今や「絶滅種」的に珍重すべきものなのだ。惜しむべきはその戦略性のなさである。戦略を欠いたままポピュリズム的風土でパフォーマンスをしようとすると、「美しい国へ」という浮ついた言葉が生まれ落ちることになる(その戦略性のなさを指して、「KY」だ「おぼっちゃん」だと、世間は批判した)。

 安倍氏に比べるなら、純粋性を欠いた麻生氏や小泉氏の「とてつもない日本」や「米百俵」という失笑を誘うレトリックのほうが、ポピュリズム的に支持を獲得しやすいといえる。

 どさくさにまぎれてみょうちくりんなレトリックを連発した自民党議員の1人が石破茂氏である。福田康夫氏辞任をうけての、自民党総裁選において、石破氏は持論として「政治は感動的でなければならない」と連日のように訴え続けたのだった。それを聞いて私はのけぞってしまった。「感動的な政治」というのは、常識的に言って、「ファシズム」のことである。たぶんそうなのだろうなとは思っていたが、公衆の面前で、誇らしげに「私はファシストだ」と宣言してまわる石破氏という議員は、公然わいせつ罪志願者なのか、たんなるバカなのか、よくわからない珍獣のように見えた。そしてまた、この発言を問題視しないメディアも、潜在的にファシズム支持者なのだろうな、と妙に納得してしまった。大衆社会において「商売」しようとすると、そうならざるを得ないのだ。

※ 本稿は「小松左京マガジン」第33巻に掲載されたものに、若干の加筆をしたものである。

(2009・5・13)
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